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平成が終わるので、ちょっと大きなこと考えてみた    はぎわら2018.07

もうすぐ平成という時代が終わる。

私にとって、10台後半から40台後半までの、最も重要な30年を過ごした時代ということで、私は平成時代の人間であるといえる。この後、新しい時代を迎えるが、それは変わることはないだろう。

 

平成の30年、振り返れば様々なことがあった。

平成時代は、バブル絶頂期に始まるが、すぐに崩壊、以後、長く低迷することとなる。上向きに転じるかと思われたところで、リーマンショックのあおりを受け、再び落ち込む。最後になって、ようやく景気が良くなってきたところで終わるという、ジェットコースターのように景気が上下した時代であった。また、最初から最後まで、地震をはじめ度重なる天災に見舞われた。全体としては暗い話題の多い時代であったように思う。

 

平成時代はあえてひとつ挙げるなら、「情報の時代」であったといえる。

昭和末期、パソコンとして発売されたPC8801(1981年)、FM7(1982年)あたりから、これまで研究機関や企業のものであったコンピューターが一般家庭に入っていくようになる。私も高校の入学祝として、パソコンを買ってもらった。両親としては、大きな買い物であったと思うが、私のパソコンのスキルが今の仕事に役立っていることで良しとしてほしい。平成に入り、一般家庭にそれらがあるのが当り前になっていく。その後、ポケベル(1992頃~)、オペレーティングシステムWindows3.1(1993)、携帯電話PHS(1995頃~)、インターネット検索サイトYahoo!(1996~)、ネット通販AmazonJapan(2000~)、動画共有サイトYouTube(2005~)、SNSのfacebook、Twitter(2008~)、スマホiPhone(2008~)というように、発展していく。現在の状況からすると、平成初年の生活は、わずか30年前のことであるが、想像しがたい。

世の中が便利になる一方、プライバシーの保護や個人情報の取扱いが大きな問題となっている。また、ウイルスやサイバー攻撃、振り込め詐欺、匿名による誹謗中傷、LINEいじめなどの問題も、次の時代への持ち越しとなる。

 

次の時代はどのような時代になるだろうか。

平成が「情報の時代」となるための芽がすでに昭和の時代にあったように、次の時代の芽は、いま、既にあると考えてよいだろう。

平成時代、iPS細胞など再生医療の基礎研究に大きな進展があった。次の時代、いよいよ実用の段階に進むことが期待される。この技術によって、病気に苦しむ多くの人々を救うことができるようになるであろう。ある権力者は、あらゆる富を手に入れたが、不老不死の妙薬を手に入れることだけはかなわず、迫りくる死におびえながら暮らした。これから、部品を交換するように臓器を交換し、めでたく千歳の誕生日を迎える人が出てくるかもしれない(オリジナルの臓器はひとつも残っていない)。

AIなど、人の代わりに機械が仕事をするための技術が進展した。現在、自動運転の技術の開発が急ピッチで進められている。人々の生活を大いに助けてくれるだろう。いくつかの分野では、人が機械によって職を失うことが予想されている。軍事分野においては、すでに、戦場に無人攻撃機などが登場している。戦争は人が人を殺す悲惨なものであるが、意思を持たない機械が人を殺すものへとシフトしている。敵である人は、戦場において人の見ている前で殺されるのでなく、画面の上で殺されるようになる。

情報化もさらに進展するだろう。個人情報収集、ビッグデータの集積により、販売活動などの効率が上がるだろう。本人は自由な意思に基づき行動しているつもりでもいても、その人のすべての行動があらかじめ計算されるようになるだろう。

 

技術は加速度的に進化している。前述したが、平成が始まる30年前、パソコンがある家庭はまだ少なかったが、今は、外でも中でも、食事中でも、友人と一緒でも、皆スマホの画面に向かっている。1970年、大阪万博において提示された輝かしい未来は、多くがすでに実現されている。

現在は、テクノロジーの進歩が、人間の進歩を追い抜いたという転換点であるといえるかもしれない。これまでは、テクノロジーを進展させるためだけに努力をしてきた。これからは、それを制御し、時にはブレーキをかけていく必要があるだろう。

 

「未来の年表」という本がベストセラーとなり、日本の人口減少が引き起こす危機が広く認知された。人口が減少していくことはすでに広く知られていることだが、本書で提示された、これから起こる数々の危機に、多くの人が衝撃を受けた。しかし、実をいうと、解決することは可能である。SFなどで描かれてきた人間工場は、近いうちに「テクノロジー的に」可能となるであろう。「親が子供を産み、育てるものだ」というこれまで続いてきた考え方を、変えてしまうだけのことである。計画に基づき、子供をつくり、国で育てていけばよいのである。

しかし、このような記述を見て、多くの人がある種の嫌悪感を抱いたのではないかと思う。この嫌悪感を抱くことが大切である。

これから、『やろうと思えば、できてしまう』という時代になっていくだろう。であるからこそ、やるかやらないか、人々の『倫理』が問われることになる。容易さは熟慮を奪いがちである。次々に現れる諸問題に対し、人は、それぞれ、いちいち考え、判断していくことは、きわめて重要である。

 

私たちは、高度成長期、各地で発生した公害の問題に直面した。多大な犠牲を払いつつも、それらを克服し、世界でも有数のきれいな空気、きれいな水を取り戻すことに成功している。いっぽう、世界では環境問題が大きな問題となっている。日本の持っている経験、環境技術を世界に役立てていくべきである。

敗戦後70余年、私たちは戦争のない平和な時間を過ごすことができた。いっぽう、世界の各地で戦争はなくなっていない。これまでも日本は戦争がなくなるよう世界に働きかけてきたが、リーダーシップを発揮できるよう、いっそう努力していくべきである。

 

これからの未来、良くなる可能性も、悪くなる可能性もある。テクノロジーがますます大きな存在となっていくが、未来の決定権は、今はまだ人間が握っている。

 

 

もうすぐ平成という時代が終わる。

100年後、1000年後、どのように振り返られるだろうか。

私たちが生きたこの時間は、やがて記憶となり、記録となる。経験して得た知恵のひとつひとつが、集合し、歴史の知恵となる。多くの人が、常にとはいわないまでも、時折でも、世の中をよくしたいと思いつつ、暮らしているのではないだろうか。未来へ向かうベクトルを、ごくわずかでもよい方向へ向けれれるのであれば、うれしいことである。

 

 

おまけ

私は建築に関わる仕事をしている。時代の要請であったかもしれないが、私たち、この時代の建築家は「消費される建築」ばかりをつくり続けてきた。消費される建築は、その時々のニーズには応えているものの、文字通り、役目を果たせば、そう遠くないうちに、壊されてしまうであろう。平成に建てられた建築物で、遠い将来、世界遺産や国宝に指定されるものはないだろう。今から200年後、法隆寺や姫路城が大切に守られているのに対し、平成の建築は存在していない可能性もある。

これまでがそうであったように、私たちが生きた時代もまた、後の時代の礎となっていく。この時代の足跡を、かたちとしてきちんと残しておくことも大切なことであろう。

はぎわら